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戦艦ポチョムキン(1925)D〜ロシアで起こった反乱


戦艦ポチョムキン(1925)D〜ロシアで起こった反乱

★数行で映画紹介しなければ
ロシアのバルチック艦隊が日本海軍に全滅した
一ヶ月後に黒海で最新鋭戦艦ポチョムキンが竣工したが、
指揮官の非常な命令に反乱が起こる。

★ショウトしょうとSHORT

ロシアの歴史は繰り返す
人は動物以下、虫けらなんですね。

★エイゼンシュテイン監督の「アトラクションのモンタージュ」といった
独創的なモンタージュ理論は、世界各地で大きな反響を受けるとともに、
後の映画人にも多大な影響を与えた。
本作は映画史的に非常に重要な作品として評価されており、
『國民の創生』、『市民ケーン』とともに
映画芸術に革命をもたらした画期的作品とされる。

★「オデッサの階段」と呼ばれる
ウクライナのオデッサの市民を虐殺する場面は映画史上有名

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★概要ネタバレは基本情報のあとに
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★基本情報
監督 セルゲイ・エイゼンシュテイン
脚本 セルゲイ・エイゼンシュテイン
原作 ニーナ=アガジャーノ・シュトコ(ロシア語版)
出演者 アレクサンドル・アントノフ(ロシア語版)
ウラジミール・バルスキー(ロシア語版)
グレゴリー・アレクサンドロフ(ロシア語版)
セルゲイ・エイゼンシュテイン
音楽
エドムント・マイゼル(1926年)
ニコライ・クリューコフ(1950年)
ドミートリイ・ショスタコーヴィチ(1976年)
撮影 エドゥアルド・ティッセ
編集 セルゲイ・エイゼンシュテイン
製作会社 ゴスキノ第一工場
配給 日本の旗 ATG
公開 ソビエト連邦の旗 1925年12月24日
日本の旗 1967年10月4日
上映時間 75分
製作国 ソビエト連邦

★概要ネタバレ
1905年 
日本との戦争で5月にバルチック艦隊が全滅して、日本に敗北する。
ロシアでは兵士の中にも自由思想の芽が育ち始めた。
戦艦ポチョムキンはバルチック艦隊全滅後に竣工した最新鋭の戦艦。

軍隊の度重なる敗北にともない、6月に、
ロシア国内には、労働者ゼネスト、農民の暴動、従属民族の反乱が相次ぎ、
革命の気運が漸く軍隊の内部にまで高まって来た。
戦艦ポチョムキンは、
労働者のゼネストが行なわれているオデッサの港付近に停泊していた。
六月十四日の朝、甲板の一隅に吊された牛肉の表面に蛆が群がっていた。
水兵たちの怒りは爆発した。
先任士官ギリヤロフスキーにより水兵たちは追いちらされ、
食卓には腐肉のスープが並べられた。

緊急集合のラッパが鳴り渡り、
甲板に整列した全員にむかって艦長ゴリコフ(V・バルスキー)は、
スープに満足した者は前に出ろと命じ、出ない者は帆桁に引っぱりあげるようにと命じた。
水兵たちは動揺した。
水兵の一人マトウシェンコは水兵たちに砲塔の下に集まるよう呼びかけ
多くの水兵はその指示に従った。
ギリヤロフスキーは、衛兵に艦首に残った十数名の水兵を射つように命令した。
間髪を入れずワクリンチュクがさけんだ。
「兄弟たち、誰を射つつもりか!」という言葉に、衛兵たちの銃はおろされた。
ギリヤロフスキーは再度命令したが、
撃つ気のない衛兵をみて、自ら銃をとり水兵たちを撃とうとした。

水兵たちは一斉に立ち上った。
軍医や艦長は海に投げこまれた。
指導者ワクリンチュクもギリヤロフスキーの銃にたおれた。

ポチョムキン暴動のニュースは町中に広がった。

ポチョムキンには黒海艦隊が鎮圧にくるという情報が入った。

降伏か抗戦かをめぐって激しい討論の末、ポチョムキンは抗戦と決った。
夜になり、黒海艦隊が姿をみせた。
水平マトウシェンコの命令で、
ポチョムキンのマストには「われらに合流せよ」の信号旗が上げられた。
艦隊は射程距離内に入った。
戦いか、死か、緊張した一瞬がながれた。
ポチョムキンの水兵たちが聞いたのは、
津波のように押しよせてくる「同志!」という言葉だった。

THE END
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筆者の公式サイト
話題の映画とか一過性の映画でなくて、
100年経過しても名作と言われる映画を追いかける
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