fc2ブログ

シンドラーのリスト(1993)A〜千人以上のユダヤ人を救った実話


シンドラーのリスト(1993)A〜千人以上のユダヤ人を救った実話

★数行で映画紹介しなければ

実話 ユダヤ人虐殺の実態を3時間以上の映画で

ドイツ人実業家オスカー・シンドラーが1100人以上ものポーランド系ユダヤ人を
自身が経営する軍需工場に必要な生産力だという名目で絶滅収容所送りを阻止し、
命を救った実話


★ショウトしょうとSHORT

ユダヤ系のスティーブン・スピルバーグ監督は
「この映画を虐殺された600万人余のユダヤ人に捧げる」
と締めくくる。


★監督候補にはビリー・ワイルダー、マーティン・スコセッシ、ロマン・ポランスキーなどが挙がっていた。
結局ユニバーサル側が提示した「『ジュラシック・パーク』の監督もやる」条件を受け入れスピルバーグが監督となった。
1982年に原作の映画化権を手に入れたスピルバーグは、その後10年近く構想を練り企画を温めた後、
本作の制作に着手したという(スピルバーグ自身もユダヤ系アメリカ人である)。
スピルバーグは「血に染まった金は貰えない」として、監督料の受け取りを拒否している。

★アーモン・ゲート所長が、収容所内の住居バルコニーから囚人を狙撃するシーンがある。
ドイツのナチス親衛隊将校で、クラクフ・プワシュフ強制収容所の所長を務めた。
========
★概要ネタバレは基本情報のあとに
========

★基本情報
Schindler's List

監督 スティーヴン・スピルバーグ
脚本 スティーヴン・ザイリアン
原作 トーマス・キニーリー
『シンドラーの箱船』
原題 Schindler's Ark、
米国改題『シンドラーのリスト』
Schindler's List[1]
製作 スティーヴン・スピルバーグ
ジェラルド・モーレン
ブランコ・ラスティグ
製作総指揮 キャスリーン・ケネディ
出演者 リーアム・ニーソン
ベン・キングズレー
レイフ・ファインズ
音楽 ジョン・ウィリアムズ
撮影 ヤヌス・カミンスキー
編集 マイケル・カーン
製作会社 アンブリン・エンターテインメント
配給 アメリカ合衆国の旗 ユニバーサル・ピクチャーズ
日本の旗 UIP
公開 アメリカ合衆国の旗 1993年12月15日

日本の旗 1994年2月26日

上映時間 195分
製作国 アメリカ合衆国

★概要ネタバレ
1939年9月、ドイツ軍によりポーランドが占領され、ポーランドの都市クラクフもドイツ軍の占領下に置かれた。ユダヤ人を激しく蔑視するナチス党政権下のドイツ軍はクラクフ在住のユダヤ人に移住を強制し、彼らをクラクフ・ゲットーの中へ追放していた。

そんな中、ナチス党の党員でもあるドイツ人実業家オスカー・シンドラー(リーアム・ニーソン)が、クラクフの町へやってきた。
彼は戦争を利用してひと儲けすることを目論み、潰れた工場を買い取って琺瑯(ホーロー)容器工場を開設。有能なユダヤ人会計士イザック・シュターン(ベン・キングズレー)に工場の経営を任せ、「安価な労働力」としてゲットーのユダヤ人を雇い入れ、また持ち前の社交性でSSの将校に取り入って自らの事業を拡大させていった。

しかしやがて冷酷なSS将校アーモン・ゲート少尉(レイフ・ファインズ)がクラクフ・プワシュフ強制収容所の所長としてクラクフに赴任して来る。
ゲートとその部下のSS隊員達は、ゲットーや収容所でユダヤ人を次々と殺戮していく。
シュターン初め、シンドラーの工場で働くユダヤ人たちにも危機が迫る中、
金儲けにしか関心がなかったシンドラーの心境に変化が生じていく。
そして彼はあるリストの作成を決意する。


ユダヤ人救済の為、シュターンと共に行動を始めたシンドラー。救出するユダヤ人のリストを作り、できる限り多くのユダヤ人を救う為の活動資金の出資者を募る。しかし出資する者は現れず、酷く落胆するシンドラー。だがシンドラーの勇気ある行いに心を打たれていたユダヤ人のシュターンは、「これは生命のリストです」とシンドラーを称える。

救出者のリストをナチスに渡し、ユダヤ人達をシンドラーの母国であるチェコに移送する手続きをする事に。

だが手違いが起き、男性を乗せた列車は無事チェコに到着したものの、女性を乗せた列車はアウシュビッツ収容所に着いてしまう。チェコに着くはずだと思っていた女性達は何かの間違いだとナチスに訴えるも、聞く耳を持たれず、髪を切られ殺菌室に収容されてしまう。ガス室の話を聞かされていた女性達は死を覚悟するが、ガス室では無かったため安堵する。

移送ミスを知ったシンドラーは、すぐさまアウシュビッツ収容所を訪れる。ナチス幹部に掛け合いリストに載っているユダヤ人女性達の返還を求めるが、面倒な手続きを嫌うナチス幹部は動こうとしない。

そこでシンドラーは高価な貴金属の賄賂を渡し、ナチス幹部を買収して女性達の解放を取り付ける。シンドラーは女性だけでなく、子供達もチェコ行きの列車に乗せ移送する事に成功する。その後、無事にチェコに到着した彼女らを見たシュターン達は歓喜と安堵の涙を流す。

チェコではシンドラーの軍需工業品の工場で従業員として従事し、生活するユダヤ人達。それからしばらくの時が経ち、ドイツが無条件降伏をしたという知らせがシンドラーの元に届く。工場に駐留していたナチス兵にシンドラーは、「殺人者としてではなく人間として家族の元へ帰れ」と諭す。そしてユダヤ人従業員と共に、亡くなったユダヤ人の民に黙祷を捧げるのであった。

【あらすじ⑤】終戦
シンドラーのリスト
出典:IMDb

ドイツが敗戦国となり、ナチス党員であり親密な関係のあったシンドラーは追われる身となる。妻と共に工場を去ろうとするシンドラーに、シュターンはこれまでのシンドラーの功績を記した紙と指輪を渡す。

功績を記した紙はシンドラーが戦争犯罪者として捕えられた時の減刑の材料に、指輪は従業員が自分の金歯を溶かして加工した物で、シンドラーに対する最大限の敬意と感謝を示した物だった。ユダヤ人の友人達の情けに感極まり、自分の力不足ともっと救えた過去を悔やんで泣き崩れるシンドラー。

しかし感謝しかないシュターン達は、そんなシンドラーを優しく抱擁するのだった。そしてユダヤ人の友人達に見守られながら、シンドラーは工場を跡にする。

シンドラーのリスト
出典:IMDb

それからすぐ、シュターン達ユダヤ人はソ連軍によってドイツ人の支配から解放され自由の身になる。ゲート所長は逮捕され、人道に背く極悪極まりない所業からクラクフにて絞首刑に処される事に。

オスカー・シンドラーはその後もユダヤ人達との交流を続けて1974年、66歳まで生きた。戦後、結婚にも事業にも失敗した彼だったが、シンドラーに救われたユダヤ人の子孫は延べ6000人以上が存在し、現在でもシンドラーに深い敬意と感謝を抱き続けている。

スティーブン・スピルバーグ監督は「この映画を虐殺された600万人余のユダヤ人に捧げる」と締めくくるーー。



THE END
=====
筆者の公式サイト
話題の映画とか一過性の映画でなくて、
100年経過しても名作と言われる映画を追いかける
=====
スポンサーサイト



line
line

line
おススメ映画検索
line
最新記事
line
アクセスランキング
[ジャンルランキング]
映画
33位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
恋愛
1位
アクセスランキングを見る>>
line
総アクセス数
line
カテゴリ
line
全記事表示リンク

全ての記事を表示する

line
検索フォーム
line
sub_line