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二十四の瞳(1954)A〜小学一年時の担任の先生と12人の生徒の18年

二十四の瞳(1954)A

★数行で映画紹介しなければ

小学一年時の担任の先生と12人の生徒の18年

★ショウトしょうとSHORT

美しい師弟愛 泣けました。

小豆島って大きな島なんですね。
標高800以上の山がつらなる。

童話の名曲が次から次に出てきて 
ミュージカルでもありますね。

★作品の背景
大石先生は家から片道13kmを自転車で内海湾沿いに通った。

★壺井栄の原作では、舞台を「瀬戸内海べりの一寒村」としており、全ページを通じて、
一切舞台の具体的な地名は出てこない。
原作者壺井栄の故郷が香川県小豆島であるので、物語の舞台を「小豆島」と設定し、
ロケも同地で行われた。

★子役には、1年生役と、その後の成長した6年生役を選ぶにあたり、
全国からよく似た兄弟、姉妹を募集。
3600組7200人の子どもたちの中から、12組24人が選ばれた。
大人になってからの役者も、子どもたちとよく似た役者を選んだ。
1年生から6年生へ、大人へと、子役たちの自然な成長ぶりを演出している。

★概要ネタバレは基本情報のあとに
========

★基本情報
監督 木下惠介
脚本 木下惠介
原作 壺井栄
製作 桑田良太郎
出演者
高峰秀子
天本英世
笠智衆
田村高広
音楽 木下忠司
撮影 楠田浩之
配給 松竹
公開 日本の旗 1954年9月15日
上映時間 156分

★概要ネタバレ

大石久子は昭和3年、新任教師として瀬戸内海にある小豆島の分校に赴任した。

久子が受け持つことになった一年生は十二人で、みな澄んだ瞳をしていた。

二学期が始まってしばらくして。

砂浜に落とし穴を掘るという子供たちの何気ないいたずらで、大石先生が足に大怪我をしてしまう。

大石先生は学校へ通えなくなり、男先生が大石先生の代わりを務める。

子供たちは大石先生を恋しがり、ある日、歩いて大石先生の家まで行ってみようと思い立つ。

岬から大石先生の家までは遠い道のりで、子供たちは途中で疲れて泣き出してしまう。

みんなで泣きながら歩いていると、大石先生が乗ったバスが通り過ぎる。

バスから降りてきた大石先生は、
自分のために遠いところから歩いてきてくれた子供たちの健気さに胸を打たれる。
大石先生は子供たちにきつねうどんを振る舞い、みんなで記念撮影をする。

子供の心配をしていた親たちも、大石先生に感謝する。

大石先生はもう一度分教場に戻りたいと思っていたが、本校への移動と後任の先生が決まってしまう。
大石先生は別れの挨拶へ行き、“本校で待っているからね”と子供たちに伝える。
子供たちは泣き出してしまうが、最後は歌を歌って大石先生を見送る。

5年後。
満州事変や上海事変が起こり、日本は不況の波に襲われていた。

6年生になる12名の子供たちは、船で大石先生の暮らす対岸へ向かう。

今日は大石先生の婚礼の日だった。

子供たちは、今でも大石先生が大好きで、先生の婿の顔を確かめにきたのだ。

松江の母は、産後の戻りが悪くて寝付いていた。

松江は母親が元気になったら百合の花の弁当箱を買ってもらうのだと大石先生に話していたが、

母親は始業式の日に亡くなってしまう。

松江は赤ん坊の世話があるので学校へ来られなくなり、

大石先生は百合の花の弁当箱を持って松江の家を訪ねる。

赤ん坊は亡くなってしまうが、松江は学校に来なかった。

松江の父親は、貧乏にあえいでいた。

小学校に赤狩りの警察がやってくる。

まっすぐな心を持つ大石先生は、

子供たちにその事情を正直に説明し、校長先生に注意される。

松江に大石先生の手紙を届けたコトエは、松江が養子に出される現場を目撃したと
先生に報告する。

松江は“行きたくない”と柱にしがみついて泣いていたが、父親に怒られ、
最後は諦めて船に乗って行ったという。

大石先生の胸は潰れそうだった。

10月。6年生は修学旅行で金比羅参りへ行く。

みんなはそれぞれに金を工面して参加していたが、

箱入り娘のミサ子と家が借金まみれの富士子は参加できなかった。

一行は屋島や栗林公園を観光し、金比羅参りを済ませる。

大石先生は帰りの船を待つ間、食堂街へ行ってみる。

飯屋で働く松江と偶然再会する。

松江の養母は性根のきつい女で、松江は苦労しているようだった。
養母に阻まれ、大石先生はほとんど松江と話ができず、
後ろ髪を引かれる思いで店を出る。
松江は先生を追いかけるが、
同級生たちの姿を見て、物陰に隠れてしまう。
松江は港でみんなの乗った船を見ながら、涙にくれる。

「将来への希望」という作文を書く授業で、富士子が突然泣き出す。
家の窮状を見ている富士子は将来の希望など持てなかった。
大石先生は教室の外へ出て、富士子を慰める。
コトエも家が貧しくて進学ができず、
音楽学校へ行きたがっているマスノも親に反対されていた。
大石先生は、自分の無力さに打ちのめされる。

軍人になりたがっている男の子たちに、

大石先生は“米屋や漁師の方がいい”と語る。

赤ではないかと疑われ、再び校長先生に注意される。

教え子の命を惜しむ気持ちを否定され、大石先生は教師に疑問を感じる。

1年生の時から見守ってきた子供たちが卒業するのを見届け、

学校を退職すると決める。

明日奉公に出るため大阪へ行くという磯吉が、竹一と一緒に挨拶に来てくれる。

2人から、富士子の一家が兵庫へ行ったという話を聞き、大石先生は胸を痛める。

8年後。

支那事変が起こり、日独伊防共協定が結ばれ、日本の軍国主義は激しさを増していた。

大石先生は育児の合間をぬってコトエを見舞う。

大阪に奉公へ出ていたコトエは、苦労をして病気になって帰ってきていた。

コトエは布団の中で、1年生の時に撮った記念写真ばかり見ており、

大石先生に自分の不幸を嘆く。

先生はコトエを励ましながら、自分も涙が止まらなくなる。

生徒たちは苦労をしていた。

吉次、仁太、竹一、正、磯吉の5人は、みんなに見送られ出兵していく。

大石先生は、胸の潰れるような想いで、教え子たちを見送る。

大石先生は二男一女の母親になっていた。

末の女の子はまだ赤ん坊だというのに、夫に赤紙が届く。

4年の歳月が流れた。

学校で軍事教育を受けている長男の大吉は、

“早く中学生になって志願兵になりたい”と言うようになる。

大石先生は、“意気地なしでもいいから命を大切にしてほしい“と息子に伝える。

同居していた大石先生の母親が亡くなり、夫も戦死してしまう。

終戦の日を迎える。

大吉は日本が戦争に負けて落ち込んでいたが、

大石先生は戦争が終わってホッとしていた。


末の娘が柿の木から落ちて亡くなってしまう。

大石先生は強いショックを受けるが、

2人の息子のために強く生きなければと思う。

戦争が終わった翌年の4月4日。

大石先生は、岬の分教場の教師として働き始める。

教え子の早苗が本校の教師になっており、大石先生の復職に尽力してくれた。

大吉は船を漕ぎ、母親を岬まで送ってやる。

1年生の担任となった大石先生は、18年前のように出席をとる。

新1年生の中には亡くなったコトエの妹や、松江やミサ子の娘がおり、

大石先生は思わず泣き出してしまう。

学校が終わってから、大石先生は岬の墓地を訪れる。

大石先生を探しに来たミサ子は、同級生たちの墓を案内する。

戦死した正、竹一、仁太の思い出話をしているうちに、
大石先生は涙が止まらなくなる。

子供たちが“泣きみそ先生!”とからかう。

ミサ子たちは、マスノの実家の料亭で、大石先生の歓迎会をする。

歓迎会には、大阪から松江も駆けつけてくれた。

早苗に小ツル、マスノにミサ子も集まり、大石先生を会場へ案内する。

会場には、教え子からの贈り物として新しい自転車が飾られていた。

戦争で目が不自由になった磯吉も来てくれ、酒盛りが始まる。

漁師になった吉次は、大きな鯛を持ってやってくる。

集まったのは7名。あとの5名は亡くなっていた。

みんなで懐かしい歌を歌い、1年生の時に撮った記念写真を見る。

目の見えない磯吉にも、写真だけは見えると言う。

マスノの歌を聴きながら、みんなの脳裏に様々な思い出が蘇る。

大石先生は、教え子たちに贈ってもらった自転車に乗り、再び岬の分教場へ通い始める。

THE END
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筆者の公式サイト
話題の映画とか一過性の映画でなくて、
100年経過しても名作と言われる映画を追いかける
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