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私は、マリア・カラス~概要ですが最後までネタバレ編

概要ですが最後までネタバレ

1923、ニューヨークに生まれ、小学校の卒業式では歌っていた。

母が音楽家にすると決め、反抗できなかったという。

1937年ギリシャに移住。

年齢をごまかして13才でアテネ音楽院に入学。

恩師エルビラ・デ・イダルゴに出会う。


1938年アテネ王立歌劇場で『カヴァレリア・ルスティカーナ』(マスカーニ作曲)

のサントゥッツァを歌ってデビュー。

オペラ歌手のトップへ。

1960年前後から、

カラスの不調は優れた表現力をもってしても隠せなくなっていく。

ソプラノの聴かせどころである高音域が徐々に不安定になり、

楽譜通りに音域をカバーできない事態が増えた。

オペラへの出演が減り、リサイタルに比重が移っていった。

パリに移り住んだカラス。

マリアは海運で財を成したオナシスと出会い、互いに既婚者であるものの、愛人関係に。

全盛期よりも体力が落ちてしまっていたマリアは、パリでも一幕目で公演中止した。

オナシスがアメリカ大統領ケネディの未亡人であるジャクリーン・ケネディと結婚してしまう。


オペラ歌手として生きるマリアは、かつて契約を解消したメトロポリタン劇場で再び歌う。

帰還を喜ぶNY市民は劇場に詰めかけ、拍手で迎えた。

マリアは舞台に立てない時は催し物を主催しつつ、

歳を重ねてもなおオペラの舞台に立てるよう新しい歌い方を模索した。

オナシスがジャクリーン・ケネディとの離婚調停中に、

マリアの元に帰ってくる。


舞台ではなく、リサイタル形式で、世界ツアーを行った。

オナシスを看取ったマリアも数年後53歳で心臓発作でなくなる、

死の直前までオペラの舞台に立つことを目指して練習を欠かさ無かった。

THE END

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