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ガンジー~概要ですが最後までネタバレ編

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概要ですが最後までネタバレ

1948年の独立を勝ち取ったインド。

ガンジーは、宗教の急進派に暗殺される。



1893年のイギリス領南アフリカ。

青年弁護士ガンジーはインド人のために、黒人並みに人種差別を受ける。

無抵抗で差別に対抗。

同調者が集まって来て、有名になるガンジー。




第一次世界大戦中の1915年に故郷インドに帰国

ネルーらが率いるインド独立を目指す「インド国民会議」に迎え入れられる。

わざと裸に白い布をまとう貧しい行者姿になり、大衆をひきつける。

知見を広めるためインド全土を旅する。

無抵抗非暴力で、インド独立をめざす。

しかしテロも発生

英軍も民衆運動の人々を銃殺する事件も起こる。




ガンジーたち国民会議のメンバーは総督と会談してイギリスからの独立を目指す考えを伝えるが、

インド政府高官たちは彼らの宣言を真に受けようとはしなかった。

ガンジーはウッド新総督就任を狙いインド全土でゼネストを呼びかけ、インド政府を混乱させる。

ウッドは抵抗運動を弾圧し、怒り狂った民衆が暴動を起こして警官を殺害する事件が発生する。

ショックを受けたガンジーは

抵抗運動を止めるように訴え、断食を実施する。


衰弱するガンジーを見たネルーたち国民会議のメンバーは抵抗運動の中止を指示し、

ゼネストは終結した。


1930年、ガンジーは

新たな抵抗運動として塩の行進を決行する。

ガンジーは塩の専売権をイギリスから取り戻し、インドの独立を訴える。

直後にガンジーは逮捕されるが、残された民衆は塩を作り続け、再び非暴力運動を展開していく。

第二次世界大戦が勃発すると、ガンジーは反英運動を理由に逮捕され、

収監先の刑務所で妻カストゥルバと死別する。

戦争の終結後、戦勝国となるも日本やドイツとの戦いで疲弊した上に、

大戦中に日本軍の協力を受けて活動していたインド国民軍参加者への裁判に反対するデモなどを受け、

もはや植民地支配を続けることができないと悟ったイギリスはインドの独立を承認し、

最後の総督としてマウントバッテンが赴任する。

国民会議のメンバーはマウントバッテンと独立に向けた交渉を始めるが、

インドでは少数派であるムスリムの権利が侵されることを危惧したジンナーは、

インドとは別のムスリム国家の樹立を模索する。

宗教対立を望まないガンジーは、ジンナーを独立インドの初代首相としたムスリム内閣を提案するが物別れに終わり、

イギリス領インドは1947年に「インド」と「パキスタン」それぞれ別の国家として独立した。

インドが分裂したことを嘆くガンジーは、

それぞれの国家に取り残されたヒンドゥー教徒、ムスリムが迫害を受け、

その報復として互いが殺し合う姿を見てさらに衝撃を受ける。

宗教対立を止めるように訴えたものの、民衆は怒りからガンジーの言葉を聞き入れようとせず、

彼を裏切者として弾劾する。

ガンジーは対立を止めようと再び断食を行うが、老齢の彼は次第に衰弱していく。

首相となったネルーはガンジーを助けるため奔走し、

民衆もガンジーの姿を見て我に返り、暴動は鎮静化する。

インドが落ち着きを取り戻した頃、ガンジーは夕べの祈りに出かけ民衆と触れ合うが、

彼を敵視するヒンドゥー原理主義者ゴードセーに射殺される。

ガンジーの国葬が執り行われ、インド全土から民衆が駆け付け、

各国の要人も弔意を示す中、ガンジーの遺体は火葬され、

遺灰はガンジス川にまかれた。

THE END
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