FC2ブログ

海難1890~完全あらすじ編

.

映画の最後まで完全ネタバレです。

実話に基づく


明治23年 1890年

エルトゥールル号に乗ってオスマントルコ帝国の使節団が来日。

明治天皇に拝謁した後帰国の途に就いた。

和歌山県串本町沖で台風により座礁し、581名が死亡。

串本町大島の住人が必死の救助にあたり、69名を救出。

その後日本海軍の巡洋艦でトルコまで丁重に送った。

芸者や遊女が裸になり温めたそうです。

生存者の機関大尉ムスタファ(ケナン・エジェ)は

保管場所から遺留品がなくなっていることを知り、住民に抗議すると、

地元住民が血に塗れた遺留品の汚れを洗い落としている光景を見て感銘を受ける。



エルトゥールル号遭難事件から95年後の1985年。

イラン・イラク戦争勃発間近

イラクのサダム・フセイン大統領は
48時間後にイラン上空を飛行する航空機を無差別攻撃するという声明を出す。

イランの首都テヘランで、イラク軍の空爆から逃れて地下壕に避難した日本人215名は、

イランからの脱出をはかるが、日本航空は空路の安全が保障されないという理由で要請を拒み、

自衛隊も国会の承認が得られないとして救援を断念。

自衛隊は憲法違反とかいう政党のおかげで自衛隊は他国へ行けないのだ。

トルコ大使館の職員ムラトウにお願いすると、

トルコ政府内に反対意見が出るなか、トゥルグト・オザル首相は日本側の要請を受け入れる。

トルコ政府は在テヘラン日本人救助のための飛行機を手配し、

テヘランのメヘラーバード国際空港へ向けて出発させる。

空港内にはテヘランからの脱出を図ろうとしていた大勢のトルコ人たちが押し寄せており、

日本人を乗せることに反対する。

ムラトウはトルコ人らの前に出ると、

我々の祖先はかつてのエルトゥールル号遭難事件で日本人に助けられたという話をし、

今度は我々が日本人を救う番だと訴えた。

ムラトウの必死の訴えはトルコ人たちの心を打ち、日本人たちは飛行機に搭乗できた。

空路のほかに陸路でのトルコ帰国も用意されて、飛行機に乗れなかったトルコ人は車で脱出。

この件で、トルコ国民からはエールの電話がなりやまずに、大統領も安心する。

THE END
スポンサーサイト



line
line

line
おススメ映画検索
line
最新記事
line
アクセスランキング
[ジャンルランキング]
映画
18位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
恋愛
1位
アクセスランキングを見る>>
line
総アクセス数
line
カテゴリ
line
全記事表示リンク

全ての記事を表示する

line
検索フォーム
line
sub_line