チップス先生さようなら1939~完全あらすじ編

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映画の最後まで完全ネタバレです。

1870年(明治二年)

25歳のチャールズ・エドワード・チッピングは

ラテン語の新任教師としてブルックフィールド・スクール(男子校)に着任する。

初日から生徒達による数々のいたずらの標的となり、

教室は常に荒れて暴動のようになる。

校長(ウェザビー)がやってきて、生徒へのお仕置きで暴動を抑える。

チッピングは教室内に厳格な規律を導入して対処した結果、

生徒達はクリケットの試合に出場することも出来ず、彼らから憎まれる存在になってしまう。

校長ウェザビーが1888年に亡くなった。

チッピングは年齢も中年に差し掛かり、スクールの寄宿舎の監督者の有力候補になりながら、

夢である校長に任命されず、チッピングは落胆する。

そんな中、ドイツ語の教師マックスから休暇中のオーストリア旅行に強引に誘われる。

チッピングは登山で、出会ったグリア・ガースンという若い美人(イギリス人)と濃霧が晴れるまで長い時間話し、

彼女に対して恋心を抱く。

チッピングとグリア・ガースンはウィーンで偶然にも再会し、

二人は舞踏会場で「美しく青きドナウ」の曲に合わせて踊る。

年の差カップルだが2人は運命を感じた。

グリア・ガースンが出発直前の汽車に乗る別れ間際、チッピングとの別れを惜しみ、

グリア・ガースンがキスをする。

自信を持ったチッピングは走り出した列車に乗ったグリア・ガースンにプロポーズをする。

グリア・ガースンも了解したが彼女の乗った汽車は行ってしまう。

住所も聞き出せずに別れたが、マックスはそんな二人の気持ちを察してグリア・ガースンの住所と、

挙式の教会まで手配していた。



結婚して、グリア・ガースンは生徒達を夫婦の住み家に毎週のように招待。

ユーモアに長けた彼女は短い結婚生活の間に、

「チップス」というニックネームで呼び、夫を堅物教師から脱皮させた。

チップスは授業中に駄洒落を披露し、生徒達を爆笑の渦に巻き込む。

生徒達はチップスに親しみを持ち始め、

彼はコリーを筆頭に多くの教え子を持ち、その生徒の子や孫まだ教える。

チップスは念願の寄宿舎の監督者になるが、

グリア・ガースンはいつの日か夫は校長にもなれると励ます。

グリア・ガースンは出産して自分の赤ちゃんと一緒に亡くなってしまう。

亡くなった日も授業に出るチップス。

知らない生徒はエイプルフールで先生をからかってしまう。

そして訃報を聞いて、教室はシーンとなる。

1909年に着任した校長(ラルストン)はスクールの「近代化」を目指し、

古い考えの老教師チップスに退職するよう勧告。

生徒達だけでなく、理事会もチップス支持の方針を打ち出し、

「近代化」を主張するラルストンを改心させた。

チップスはとうとう夢であった校長になれず1914年に引退。

学校の近くに住んでいるので、いつでもたずねてほしいとスピーチ。

第一次世界大戦で教え子が次々に戦死。

大戦の長期化に伴う教員不足から終戦まで校長という形で復帰する。

ドイツ空軍が『ツェッペリン』で爆撃を実施する中でチップスは授業を行う。

教室近くに爆弾は何度も落ちる。

(私的には許せません。子供を殺していいのだろうか?)

チップスは1918年に再び退職する。

教え子のコリーの子供が、先輩らに、チップスが呼んでいるといたずらされる。 

コリーの子供はチップス宅を訪問。

「呼んでいないよ。そうか。いたずらされたな」

チップスはコリーの子供にお菓子を与え、父親コリーについて話す。

話し終えてコリーの子供は「さよならチップス先生」と言って別れる。

1933年に死の床にあるチップスは見舞った人物が身寄りもないチップスを哀れんでいるのを耳にして、

「子供はいたよ。何千人も。何千人もの子供たちがみんな私の息子なんだ」と返事する。

THE END
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