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KANO~1931海の向こうの甲子園~台湾チームが甲子園決勝進出した実話

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KANO ~1931 海の向こうの甲子園~(2014)D


★数行で映画紹介しなければ

日本統治下の1931年に台湾代表として見事甲子園出場を果たし、

決勝まで進出した台南州立嘉義農林学校の実話。

★ショウトしょうとSHORT

3時間はながすぎです。

ハリウッドなら、すぐ短縮しろと言うでしょう。

無駄なシーンが多いです。

台湾チームは普通なら高校野球で優勝できたでしょう。

決勝チームのめぐりあいが悪かった。

相手の中京商投手は、前人未踏の甲子園3連覇の大怪物ですから不運でした。


完全あらすじ


★仕入れた情報

近藤監督:

日本統治下の台湾の嘉義農林学校を率いて甲子園に出場し、
準優勝に導いたことで台湾野球史にもその名を残した。
愛媛県立松山商業学校を初の全国出場へと導いたのち、
1925年(大正14年)に嘉義商工学校に簿記教諭として着任。
そして1928年(昭和3年)頃から
同じ嘉義にある嘉義農林学校の野球部の教練として放課後になると出かけて指導し、
1931年(昭和6年)に監督に就任した。
嘉農野球部新任監督の日本人。
甲子園初出場で準優勝した後も嘉農で野球指導を続け、甲子園には春1回、夏4回出場した。
戦後、故郷の愛媛県松山市へ引き揚げた後も新田高等学校や愛媛大学で野球部監督を務めた。


呉明捷(ご めいしょう);

1911~1983。野球部主将(投手)。4番バッター。台湾人(客家)。
あだ名は名前の一文字「明」を日本人風にした「アキラ」。
近藤によって投手に抜擢され、全島大会決勝戦では完全試合、
甲子園では全試合完投(2回戦の対神奈川商工戦では完封)した。
甲子園ではその圧倒的な投球から「麒麟児」と呼ばれた。
卒業後は早稲田大学に進学し、台湾籍のまま日本で暮らした。
実の息子(嘉義市長役)と孫(台北商業の投手役)が本作に端役で出演している。


呉波(ご は);

1916~1987。嘉農野球部に憧れ、練習場に出入りしている少年。台湾人(漢人)。
小里の弟分的存在でよく行動を共にしており、近藤監督に懇願して練習の手伝いをしている。

後に入部して投手・外野手となり、甲子園へも出場。
卒業後は呉昌征と改名して日本プロ野球選手となり、
戦前は巨人で2年連続首位打者に輝き、「人間機関車」と呼ばれた。
戦後は阪神でも野手としてだけでなく投手としても活躍し、
ノーヒットノーランも達成した殿堂入りの名選手となる。


吉田正男(よしだ まさお):

中京商業学校野球部投手。甲子園大会決勝戦で嘉農と対戦する。
夏の大会で史上初、そして唯一の3連覇を達成した伝説の大投手。
大学進学して肩を痛めて外野手転向。

========

★基本情報

監督 馬志翔

脚本
陳嘉蔚
魏徳聖
馬志翔

出演者
永瀬正敏
大沢たかお
坂井真紀
伊川東吾

製作国 中華民国(台湾)

上映時間 180分
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コメントは、こちらにメールください
77hikoboshi@gmail.com

話題の映画とか一過性の映画でなくて、

何年経過しても名作だと思える映画を探しています。


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